昨日は何処へ行くのか

風呂場からの思索

哲学講義の余韻

19.août.2017

2期目のスクーリングも終わったので、哲学講義で知ったスタンリー・カヴェルの著作をちびちびと読んでいきたい。

また、純粋理性批判を読んでいくうえで、英訳版も隣に置いておくと良いと、哲学懇親会で教えていたのだが、どの英訳版が良いのか聞くのを忘れた。図書館で色々とあたってみましょう。

哲学を学ぶには、哲学者と会うのが最も良い方法なのかもしれないな、と講義を受けて思った。

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哲学講義、音楽講義

12.août.2017

認識論、行為論、共に最後まで魅了された。

特にスタンリー・カヴェルには興味を持った。彼の射程範囲はかなり広い、文学や映画についての考察があるのでその辺りも読んでいきたい。

音楽講義も受けていたのだが、ベートーヴェンストラヴィンスキーはやはり素晴らしいという再確認で終わってしまったような。ただ、もう少し焦点を絞ってみていくともっと引き込まれていくのかもしれない。

 

 

哲学講義.3-4

10.août.2017

認識論の講義、ここにきてぐいぐいと面白くなってきた。知覚の選言説に惹かれた。よって明日の懐疑論も楽しみだ。これは、嵌まり込んでしまうかもしれない。

色々と本を読んでいかないと。

少しずつ頭に知識を蓄えて、より深く思考ができるように。

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書棚

9.août.2017

頭の中には書棚がある。

そこには、これから読みたい書物と、読み返したい書物が乱雑に並んでいる。

それらの書物は突然に書棚から消えたり、そうかと思えば突如として書棚から落下して手の中におさまる。

その書棚とそれらの書物に、私の人生は翻弄される。ある種の恍惚のなか思索の迷路に入り込むのだ。

 

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哲学講義2

8.août.2017

 

認識論、行為論ともにまだついていけている(ついていけていると思い込んでる場合もある)。

ただ、アンスコムの行為の捉え方について考えたいことができた。後のデイヴィッドソンもアンスコムのその部分は肯定している。

僅かしかない知識を使って考えてみよう。

 

 

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哲学講義

8.août.2017

昨日は哲学講義の初日であった。

「知っているということはどういうことか」という根本問題を抱えた認識論と「何が行為を行為にしているのか」という疑問からはじまる行為論。

どちらも、楽しく刺激的で、これからの講義が待ち遠しい。ぐいぐいと抽象度を上げた話になっていくのだろうか。どこまでついていけるのかはわからないが、できるだけ食いついていきたい。

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短い会話

6.août.2017

光が夏を表現していた。

そんな日に、卒論のオリエンテーションに参加した。

気になっていた先生が話をしてくれたので、気になっていたことを質問した。

気になっていたことは解決し、そして、知性と情熱を感じられる人に出会えたことが、知への欲求をさらに刺激した。

知性のある人々と会話ができるよう、もっと貪欲に知を吸収しなければ。

 

 

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